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雑記帳

鎌倉時代を中心に書籍の感想、その他諸々

七海 雅人『鎌倉幕府と東北』

 鎌倉幕府最後の執権北条守時、滅亡の間際に彼が率いた軍勢には幕府創建以来の基盤である相模・武蔵の御家人たちに加え、陸奥・出羽の御家人の姿も確認できる。鎌倉幕府が最後まで頼りにしたのはこの軍勢だった。

 

鎌倉幕府と東北 (東北の中世史)

鎌倉幕府と東北 (東北の中世史)

 

  中世史を東北地方に限定して掘り下げるシリーズの2巻目らしい。個人的に興味がある鎌倉時代を扱っているこの本を図書館でいきなり借りてみた。

 東北地方である中世の陸奥国出羽国は何となく「辺境」感がある。「黄金の国ジパング」を支えた金の一大産地であり、蝦夷との交易も考えれば経済的に重要な地域だ。しかしながら、政治的な面では奥州藤原氏滅亡後は鎌倉幕府にひたすら従属していて地味な印象がある。この印象は必ずしも間違っている訳ではないが、それゆえに幕府の政争や盛衰と連動し易く、大きな変化を見せる地域でもあった。

  例えば鎌倉幕府は郷や保・荘の地頭職の上に郡単位の「惣地頭」を設置した。この「惣地頭」は強力な権限をもっており、本来なら国衙行政が扱う権限に加え守護的な権限も兼ねていたらしい。この職を独占したのは基本的に「鎌倉中」と称せられる鎌倉に常駐した御家人たちだった。そのため幕府中枢における北条氏の台頭は東北地方に強く反映され、鎌倉時代末期には3割強の所領が、御内人(北条氏嫡流得宗の家臣)などのものを含めると実に東北地方の半分は北条氏勢力下に収まった。

 また考古学的な面からは、中世東北の道や川に面した遺跡や道跡は鎌倉幕府の成立した13世紀初頭から整備され得宗専制期にはさらに充実・発展、そして幕府滅亡の後に15世紀までには衰退・消滅する傾向が本書で指摘されている。 さらに官職の面でもその繋がりは深く、北条氏は鎌倉中期から陸奥守を独占、北条氏歴代の外戚となった安達氏の当主たちは秋田城介を世襲したが、これは出羽国の官職だった。

 その為か鎌倉時代後期になると有力な幕府財源として東北地方の北条氏所領が活用され、元寇に伴い東国御家人も西に向かうなか陸奥出羽両国の御家人が鎌倉番役を担っており、さらに安達泰盛主導の著名な幕政改革である弘安徳政でも幕府の馬牧を東北地方に集中させるなどの政策をとっている。東北地方は支配基盤が動揺する幕府にとって必要不可欠な存在であり、またそれが現地の負担が増す原因となった。楠木正成が元御内人であったように倒幕派には本来北条氏を支える立場だったものが少なくないが、東北地方においても結城宗広をはじめ多くの御内人北条氏から離反した。北条氏を最後まで支えた勢力と積極的に滅ぼした勢力の構成員はかなり似ていたようだ。

 なお奥州合戦時に鎌倉方に参戦し、滅亡を免れた現地の武士は少なくない。奥州藤原氏の支配は決して強力ではなく、緩やかな連合体といえる側面があったようだ。彼らの多くは御家人として名を残すし、東北地方の行政を担った在庁官人など文筆官僚たちはその後も行政に携わっただけでなく、幕府政所に奉行人を輩出している。これらに加え、天皇家摂関家領の荘園の多さや惣地頭の存在など中世の東北地方と九州の共通点も本書では指摘されている。

 自分の文章力不足もあって触れられてない内容が多いが、宗教的・民俗的な面からも鎌倉と東北地方の関係について言及されている。予想よりずっと面白い内容だったので、京都や中央の中央の政治史だけでなく、特定の地域を掘り下げていく本をどんどん読んでいきたいなと思った。まずは中世東北地方と共通点が多いらしい九州関連のものを探してみたい。

 

 

とりあえず

 ブログ始めました。あまり書かないかもしれませんがよろしくお願いします。